傍らにあった熱が離れるのを感じて、うとうとしていたユーリルは現に引き戻された。

 床の軋む音が耳に入り、ぼんやりと目をあける。見えたのは薄闇に紛れる銀の髪。しばらく白い肌が衣服を身に着けるのを呆けたように眺めていたが、頭がはっきりするに従って、今までの状況がまざまざと思い出された。瞬時に鼓動が跳ね上がり、頭を抱えたい気分に陥る。が、身動きすれば間違いなく気付かれる。今は顔を合わせたくなかった。
 ユーリルはまた枕に顔を埋めると、ピサロが部屋を去るのをひたすら待った。
 早く出て行ってくれ……。

 腰部に集中するだるさは否が応でも先程までの行為を意識させる。とはいえ、具体的な様子はよく覚えていなかった。ずっと目を閉じていたし、半ばピサロにしがみ付いて身を任せていたからだ。初めて受け入れる他人というものは相当苦痛だった気がする。しかしそれを和らげる感覚もあった。背中に回された腕や、肌の上を辿る手と唇は想像以上に温かく、慣れぬ身体を弄んだ。それは決して不快なものではなくて、寧ろ―――…と、そこまで思い出すとユーリルは叫び出したい衝動に駆られた。自分で判断した上で痛みも快楽も求めたのに、それが冷めるとその事実を徹底的に拒否したかった。顔が熱い。
 悶々と内心で落ち着かない間も、耳だけは澄ませておく。

 いい加減服は着ただろうに、ピサロは出て行く様子が無い。微かな足音が部屋の隅に移動する。一瞬の間の後、布の引かれる音を聞いてユーリルは思わず身を起こした。
「おい、何を―――」
 ピサロがこちらを見た。刹那、外の灯りに目の緋色が揺らぐ。彼の前にあるのは、天空の加護を受けた白銀の鎧。薄暗い部屋の中でも僅かな光芒を放っている。ピサロの手には、ユーリルがそれに被せた紺色の覆いが握られていた。
「勝手に……、」
 怒りを抑えた声と共に立ち上がりかけたものの、自分が何も身に纏っていないことに気付く。服を拾うのも面倒で、手近の毛布を腰に巻き付けてピサロに歩み寄った。
「勝手に見るなよ」
 乱暴に厚布を取り上げ、再び元に掛けようとすると、その腕を払われた。
「見て何が悪い?」
「僕の気分が悪い」
「……面白くないな」
 論点をずらした切り返しをされて、部屋の外に漏れない程度に、ユーリルは少し声を荒げた。
「用は……済んだだろ。もう出て行けよ」
 だがピサロはユーリルの顔から視線を外し、白銀の鈍い輝きに目をやった。
「元々お前に用があった訳ではない」
 ユーリルは少々面食らった。勝手に部屋に入ってきたのは、不意を突いた戯れなのだとばかり思っていたから。大体魔王ともあろう者が、闇に相反する天空の武具に何の用があるというのか―――破壊、以外で。甲冑に触れようと手を伸ばしたピサロの腕を掴む。
「触るな」
 ピサロは少し笑った。それに何の嫌味も感じられないのが却って困惑させられる。
「何もしない」

 ユーリルが指を渋々緩めると、ピサロはまず鎧の肩に触れた。指で辿って金の細工が施された胸当てに掌を添え、どこか遠くを見るような顔をする。そして、手を離した。それだけだった。並べて置かれている剣や盾には興味が向かないらしい。ピサロはすぐにいつもの無表情に戻っていたが、瞬きもせず見張っていたユーリルは彼が一瞬見せた感情に興味を抱いた。
「この鎧とあんたと、どういう関係があるんだ」
 率直な疑問に、ピサロは少年の顔をちらりと見た。気がなさそうに口を開く。
「前の持ち主を知っている」
 それだけ答えるとユーリルの手から布を取り、元のように鎧に掛けた。ユーリルは驚いたものの顔には出さなかった。

「リバスト……?」
 口を突いて出たその名にピサロは沈黙で答えた。それはおそらく、肯定。アネイルの街を救ったという英雄は伝説の如くにしか聞いた事が無い。
「どんな人だった」
「さあ」
 ピサロは曖昧に答えた後、考え直したように皮肉を込めた言葉を繋いだ。
「お前よりずっと勇者らしかった」
「………」
 怒鳴ってやりたくてもこんな真夜中に声を張り上げる訳にはいかない。ユーリルはその毒を吐く口に一撃食らわせようかと拳を握った。しかし続いた言葉に押し留められる。
「―――それゆえ死んだのだろう」
 その静かな声に気勢を削がれた。
 ピサロの目に浮かんだ色、懐かしさと、口惜しさと、僅かの寂寥。それを本人は理解しているのだろうか。ユーリルはこの魔王の無自覚な感情に改めて戸惑いを覚えた。そして、それに流されそうになる自分も嫌だった。俯きかけた顎を掴まれ、上向かされる。口付けられるのかと一瞬身体が強張ったが、そうではなかった。乾いた視線が絡んだ。
「せいぜい抗うんだな、お前は」
 それだけ言うとピサロは身体を離し、部屋を出て行った。空気が流れ込み、また篭る。毛布以外何も身に付けずに立ち尽くしていた身体は、寝台に潜り込んでいる時とは違い、すっかり冷えていた。寒い。ユーリルは腰の毛布を解き、肩から羽織るようにした。ついさっきまでの交情の熱も既に身体から離れていた。その心許無さに気付き、頬に血が昇った。くそ、と吐き捨てて足元に垂れた毛布の端を蹴る。その勢いに煽られて、鎧の覆いが落ちた。

 前の持ち主の存在などあまりに遠すぎて、深く考えた事も無かった。




 彼は一度でも、己の運命を呪った事は無かったのだろうか?
 聖なる護りを拒んだ事は?
 求める声に耳を塞いだことは?
 英雄と勇者、その冠された名に何の違いがあるというのか。
 同じ加護を纏った者なのに、彼は死んで、自分は生きている。
 勇敢に死ぬことが英雄の条件なら、勇者の在り方なら、なぜ、抗えと。



 ユーリルはほんの少しだけ、英雄の死を羨んだ。絡まった因果の中で足掻いている自分にとっては、それは全てから解放されたものに思えたから。
 一方で、自分より勇者らしかったという彼に会いたいとも思った。魔族の王にああいう表情をさせる人間がいた事を知り、好奇と、それだけではない感情が湧く。

 微かに胸の奥を刺した熱さが何だったのか、ユーリルには分からなかった。
 



END

2002.8.18

ウィンドウを閉じてください

 

 

 

 

 

 

 

 

「初夜」と繋げてみました。

リバストは未だによく分からないキャラクターです。
天空の鎧を装備できるってことは天空に縁のある者なのかどうなのか。
にしてはゲーム中の扱い小さいし如何せん謎多すぎ。
その謎が多いのをいい事にかなり好き勝手設定してしまいました。
彼は可能性の存在、もし死ななかったら導かれし者に選ばれていたんでしょうか。
リバストびいきなのでそうだったら嬉しいなあ。
という思いを込めて。

PS版のリバスト(の幽霊)は結構偉そう?な雰囲気でしたね。
熱血漢で自信と正義感に溢れた人なんだろうなあと思いました。よっぽど勇者くせえッ
「狙ったように最後の魔物と相討ちだなんてリバストっておいしい奴ね」とマーニャ姐さんに酷い事言われてましたが(笑)
そうそう一部『知られざる伝説』からお借りした部分があるんですが気が付かれた方はえらい!
あれに出てきたリバストはいい男でした。好きじゃー