知られざる…

 

 

遥か天空の城にその娘は住まっていた

何時から存在するとも知れぬ古き善き碧空の国

畏れるを知らず悲しむを知らず

娘は天空の日常にいつしか飽いていた

 

絹の如き白雲の隙間に見える人の世界に娘は焦がれた

それはほんの気紛れ

神兵の目を逃れその背の翼を羽ばたかせて娘は地上へ降りた

禁と知っていながら

それでも娘は人の世界を見たかった

 

地上にはいくさがあった

魔物は腐肉を喰らい時には相食んでいた

人は生きていき死んでいった

多くの悲しみがあった

そして喜びも

 

しかし天上の恩恵を受けた娘にとって、それらはただ過ぎ去る事象に過ぎなかった

 

多くのことごとが通り過ぎていった

 

ある時

古い森の奥でひとりの人間の男と出会った

やがて男は翼持つ乙女を愛し、

娘もまた朴訥で純粋な男とその魂を愛するに至った

 

森の小屋で娘は赤ん坊を産んだ

夫婦はわが子の誕生を祝福した

ああ これが喜びというものか

これが幸福というものか

娘は翠の髪をしたわが子を抱いて涙を流した

 

それから一月を数えぬ前に男は死んだ

男を殺したのは裁きの雷

娘は乳飲み子と共に竜神の前へ引き据えられた

 

『人間との子を孕むとは呪うべき禁。そなたは天地の均衡を崩しし者。そなたは罰を受けなければならぬ』

 

娘は跪いて請うた

 

『お慈悲を! わたくしはどうなってもかまいません、どうかこの子をお救いください』

 

しかし竜神は赤ん坊を取りあげた

 

『この子は禁忌の子。そなたの罪の象徴である。

この子は地上へ落とさねばならぬ。そしてそなたの罪を背負わねばならぬ。

遠くない未来、我が封じし地底の闇が世界の均衡を崩し、天も地も覆わんとする時が来るであろう。

悲しいかな!その先の未来までは、我にも分からぬのだ。

そしてその時この子はその闇と相対し、長い時を戦うことになろう。

そなたはこの子の成長を見守ってはならぬ。手助けをしてはならぬ。母だと名乗ってはならぬ。

わが子に存在を知られてはならぬ。

これがそなたへの罰である。

いつか――その闇がこの子に打ち滅ぼされる日が来たら――その時には、そなたの罪も許されよう。

そしてこの子を天空の民として受け入れよう』

 

娘は泣いた

身を裂かんばかりの悲しみを知った

何故 何故 愛しい子と引き離されねばならぬのか

愛しいあの人との子を

 

 

かわいそうな娘

かわいそうな赤ん坊

 

彼女はただ

人を愛しただけだというのに

 

 

 

竜神は地上に小さな村をつくり上げた

禁忌の契りが成された場所に

魔物ですら容易には辿り着けぬ険しい山々の更に奥

再び命を吹き込まれた人間たちを配し

使命と共に幼子を預けた

 

これは希望の御子

世界を救う勇者として

 

しかしこれは罪のかたちであり

あまりに重く苦しい罰

 

 

 

そして時が―――……

 

 

 


END

2002.5.24

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